江戸総鎮守・神田明神〜東京十社巡り 4社目〜

2016年5月3日(火)曇り。
東京十社巡り。今回は1日で巡っています。
3社目の「根津神社」での参拝を終え、次の目的地は「神田明神」。
「根津駅」から「千代田線」に乗って「新御茶ノ水駅」に到着。
いざ「神田明神」を目指します。

神田明神(神田神社)について

住所・地図

東京都千代田区外神田2丁目16−2

御祭神

  • 大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主命)(オオクニヌシノミコト)
    因幡の白兎(稲羽の素兎)にて素兎に助言し、八上比売(ヤガミヒメ)と婚約した事を兄神(八十神)に妬まれ二度殺される。また根の堅州国に行き、スサノオの娘である須勢理毘売(スセリビメ)に出会い惚れ、スサノオの試練を乗り越え、スセリビメを妻に迎え葦原中国を譲りうける。その後、何人かの妻と、多くの子供をもうけつつ、少名毘古那(スクナビコ)と協力し国作りを完成させる。しかし、高天原のアマテラスが「地上は私の子孫が収める!」と、建御雷之男神(たけみかづち)などを派遣し要請され完敗するも、天高くそびえる神殿(現在の出雲大社)の建設を条件に国を譲った。
  • 少名毘古那命(スクナビコノミコト)
    オオクニヌシの国造りに際し、天乃羅摩船(アメノカガミノフネ)(=ガガイモのサヤ)に乗って現れ、国造りに参加した。その後、常世国へと渡り去ったとされる。
  • 平将門命(たいらのまさかどのみこと)

関連ページ

「新御茶ノ水駅」から「神田明神」

新御茶ノ水駅

神田駅構内にて「神田明神」への案内発見。親切!!

指示通りB1番の出口を目指します。

御茶ノ水駅 案内
御茶ノ水駅 案内

聖橋

駅の改札を抜け、聖橋を渡ります。

聖橋
聖橋

湯島聖堂前

橋を過ぎ 150m ほど進むと、交差点(湯島聖堂前)があります。

交差点 湯島聖堂前
交差点 湯島聖堂前

神田明神境内

一の鳥居

湯島聖堂前の交差点を右折し 100m ほど行ったところ左手に神田神社の鳥居を発見です!

神田神社 鳥居
神田神社 鳥居

鳥居をくぐり、参道を歩いていきます。
参道を歩く時は真ん中を避けるのが一般的ですが、神田明神は社殿と参道の中心をずらした作りになっているため、参道の真ん中を歩いても良いとのことです。

隋神門

参道を進んだ先に随神門があります。

神田神社 随神門
神田神社 随神門

昭和50年に昭和天皇御即位50年の記念事業として新たに再建されたもので、総檜造りで朱塗りの立派な門です。四方に四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)が彫刻されています。

御由緒

随神門のそばに「神田明神」の御由緒が掲載されております。

神田神社 由緒
神田神社 由緒

神田明神は平将門を御祭神として祀っております。14世紀初頭に平将門を葬った墳墓(将門の首塚)付近で、平将門の祟りと云われる天変地異や疫病が流行しました。そこで神田明神が将門の霊を供養し沈静化したことから、1309年に平将門を祭神として祀るようになったとのことです。

手水舎

随神門をくぐり左手に手水舎があります。

神田神社 手水舎
神田神社 手水舎

こちらで身を清め。いざ社殿へ。

社殿

今の社殿は、昭和初期の昭和9年に竣功。権現造。鉄骨鉄筋コンクリート・総朱漆塗の社殿とのこと。

神田明神 狛犬・社殿
神田明神 狛犬・社殿

参拝を終え、次の目的を目指します。

「神田明神」から「御茶ノ水駅」

御茶ノ水駅

次の目的地を目指すため、聖橋手前(北側)の階段を下って、丸ノ内線「御茶ノ水駅」へ。

聖橋 北側の階段
聖橋 北側の階段

後で気づいたのですが、今回、丸の内線を使ったのですが、千代田線「新御茶ノ水駅」からのほうが近いです。

階段を下り、右に曲がってまっすぐ進むと、丸ノ内線「御茶ノ水駅」に到着です。

御茶ノ水駅 丸ノ内線
御茶ノ水駅 丸ノ内線

「御茶ノ水駅」から丸ノ内線に乗って「国会議事堂前駅」を目指します。

次の目的地は「日枝神社」です。